「小説新潮」 7月号


「蝸牛の角」


 「街路樹の葉から滴り落ちた水一滴にも、全宇宙が含まれている」というお話であった。
 京都にて無駄な日々を送る学生ならば誰もが奉じる「阿呆神」という神は何処におわすかという話が転がって、シュレディンガー方程式やら宇宙誕生やらインフレーション理論やら華厳宗やら、そういう自分たちでも手に負えない言葉を無闇に弄ぶうちに、ますます手に負えない壮大な話になったらしい。徹底して議論する風をよそおいながら、結論を出す気はさらさらないのだから呆れたものだ。
 下鴨神社のそばにある古い下宿の一室である。
 男三人が面を付き合わせ、とりとめもなく喋りながら晩夏の夜を過ごすかたわらには、なぜか色とりどりの饅頭と麦酒だけがふんだんにある。
 「―つまり、阿呆神の住まう四畳半は偏在するのだ」
 薄汚れた浴衣を着て無精髭を生やした男が言った。



  および、登美彦氏の山本周五郎賞受賞にまつわるインタビュー。