「小説NON」3月号(2月21日発売)


「百物語」

 
 これは私が百物語の催しに出かけた話である。
 百物語というのは、大勢の人が座敷に集まって百本の蝋燭を立て、怪談を一つ語り終わるごとに蝋燭を吹き消していくという遊びだと聞いたことがあった。私は、仏壇に立てるような白くて小さな蝋燭を思い浮かべていて、それでは怪談を語っているうちに最初の蝋燭は燃え尽きるだろうと思った。かといって、伏見稲荷で見かけるような、あの甘たるい匂いのする太い蝋燭を百本も立てるとなると、あまりに大げさで、今にも火事になりそうだ。そんな遊びができるものかと思っていたが、F君によると、蝋燭ではなくて灯油の皿に灯心を百本ならべるという方法もあるらしい。しかし「灯心」と言われても、私は実物を見たことがないから分からない。
 怪談をするたびに一つづつ明かりを消して、自分たちの身の回りを徐々に闇へ落とし込み、やがて来たるべき何かの気配へ心を澄ませていく。百物語はそういう不気味な遊びである。しかし、これもF君の受け売りだが、百本の明かりをぜんぶ消すのは無謀なことで、その決定的瞬間までは敢えて至らずにすませるものだそうだ。決定的瞬間とは、最後の明かりが消されて座敷が闇に没し、真の化け物が姿を現す時である。