「恋文の技術」
第三話「偏屈作家・森見登美彦先生へ」
六月朔日
拝啓。森見登美彦様。ご無沙汰しております。
後輩の守田一郎です。
覚えておいででしょうか。部活時代、春合宿先の野外活動センターにて、森見さんが魂の保湿のために隠し持っていたグラビア写真集を失敬し、関係者各位へ回覧した、あの守田一郎ですよ。森見さんが部室のノートに書き散らした文章を読み耽っては、おのれの文才を無用にねじ曲げていた守田一郎であります。お懐かしうございます。守田は、森見さんから「懐かしい」という言葉が聞きとうございます。
大学を卒業された森見さんの、上京区・左京区をまたにかけた、主に机上のご活躍、つねづね遠巻きに拝見しております。森見さんが綴られるへんてこな文章は、かつてあの部室の片隅にあったノートに記されていた文章と瓜二つ、私を青春の暗がりへ引きずりこんだ元凶が全国津々浦々へ垂れ流されることになろうとは、いったい誰が想像し得たでしょうか。森見さんの書かれる文章を読むたびに、人間的腐敗の典型と若気のいたりに充ちた日々を思い出します。
恥ずかしながらワタクシ、こちらに来てから「文通武者修行」を始め、文才を磨きに磨いております。
そこで森見さんへ手紙を書いて、お教えを乞おうと思いついたのです。どのような美女をも手紙一本で籠絡すると名高い、森見登美彦先生の究極奥義を伝授して頂ければ幸いです。
ああ、京都に戻りとうございます。
そういえば国立近代美術館で藤田嗣治展をやっているようです。私も京都にいる頃は、女性と一緒に国立近代美術館の常設展へ出かけて藤田嗣治を眺め、喫茶室で珈琲を飲んだことだってあるのですよ。森見さんも地下に籠もって猥褻なことへ思いを凝らされるばかりでなく、たまには文化的生活を満喫されては如何でしょうか。文筆も猥褻もほどほどに。
それでは、お返事お待ちしております。
守田一郎
森見登美彦先生 足下