森見登美彦氏は机に向かうかたわら、気が向けば地下室をうごうごして、掃除をした。
今から一年前にも書いたような覚えがあるが、なにしろきちんと掃除をしなければ、永遠に続く大晦日という時空へ閉じこめられて年が越せないという恐ろしい現象があるからである。
しかしそれだけが理由ではない。
登美彦氏の部屋は、それはもうひどいありさまだったのである。これは登美彦氏の怠惰が原因とも言えるが、しかしその売れッ子ぶりに原因があるとも言える。
しかし眠れる獅子がついに立ち上がった。
あのぐちゃぐちゃの四畳半に六年暮らした登美彦氏ですら音を上げたのだから、部屋がいかに惨憺たる状況にあるか言うまでもない。
だが、登美彦氏の名誉のため、筆者は詳細な報告を控えるものである。
登美彦氏は積もりつもった原稿やメモの束を漁って、整理をした。
やや変色した数枚のA4紙が出てきて、そこには「ええじゃないか騒動」とか「ゴキブリキューブ」とか、くしゃくしゃと書いてあった。そのわずか数枚の紙こそ、あの待てど海路の日和なき日々、四畳半に籠もって書いた『太陽の塔』のためのメモであったので、登美彦氏は思わずじっと座り込んだ。
思い出にふけったわけではない。
登美彦氏は呟いた。
「オークションに出したら、五千円ぐらいで売れんかな・・・」
ほかにもへんてこなものがいくつか出てきた。
中でも最たるものは、登美彦氏が裏紙に情熱のおもむくままに描きなぐった『未来少年名探偵淀川コナン』という見るも無惨なマンガであった。主人公の野生児コナンはいろいろな経緯があって身体が縮んで(幼児化ではなく縮小)、さらに名探偵になり、さまざまな秘密道具を駆使しながら事件を解決する。
「俺の秘密道具を紹介しよう。まずは蝶ネクタイ型蝶ネクタイ、ようするにただの蝶ネクタイである」
登美彦氏はうつむいたまま、
「これはオークションに出しても売れんわな・・・」
と呟いた。
そういうことばかりしているから大掃除ができないのである。