「asta*」12月号(11月6日発売)


「恋文の技術」


第一話「外堀を埋める友へ」

 
四月十日


 拝啓。お手紙ありがとう。研究室の皆さん、お元気のようでなにより。
 君は相も変わらず不毛な大学生活を満喫しているとの由、まことに嬉しく、上には上がいるものだと感服した。その調子で、何の実りもない学生生活を満喫したまえ。希望を抱くから失望する。大学という不毛の大地を開墾して収穫を得るには、命を賭けた覚悟が必要だ。俺なら、そんな見込みのないことはしないよ。悪いことは言わんから、寝ておきなさい。
 俺はとりあえず無病息災である。
 それにしても、教授に放り込まれた、この山奥の研究室はヘンテコなところだ。俺をここへ送り込んだ教授に、俺は一生涯、感謝の念を捧げることであろう。
 京都に変わりはないか?俺という大黒柱を失った京都が心配だ。俺がそう嘆いていると、妹には「その前に自分の将来を心配しろ」と言われる。しばしば本質をつくのが妹の悪いところだ。あれでは幸せになれんよ。
 週末には山を下りて、電車に揺られて実家へ戻る。母親の手料理で栄養を取る。だから最近はだいぶ太ったようだ。そしてブラブラしている妹とやり合う。事もなく過ぎていくが、あんまり面白くない。京都の一人暮らしが懐かしい。研究室にはまだ慣れない。誰もかれもが俺を遠巻きにしている。喋ってくれるのは谷口さんだけだ。会話の半分は怒られている。そして谷口さんは、ますますカナブンに似てくる。
 せっかくの機会だから、俺はこれから文通の腕を磨こうと思う。魂のこもった温かい手紙で文通相手に幸福をもたらす、希代の文通上手として勇名を馳せるつもりだ。そしてゆくゆくは、いかなる女性も手紙一本で籠絡できる技術を身につけ、世界を征服する。皆も幸せ、俺も幸せとなる。文通万歳。 
 これからも手紙くれ。何か悩み事があれば相談したまえ。
 匆々頓首
             守田一郎
 小宮隆様