「野性時代」11月号(10月12日発売)


「魔風邪恋風邪」 偏屈ラブコメ完結編


 風邪をひいた男
 「しかし、そこまで徹底して考えろと言うのならば、男女はいったい、如何にして付き合い始めるのであろうか。諸君の求めるが如き、恋愛の純粋な開幕は所詮不可能事ではないのか。あらゆる要素を検討して、自分の意志を徹底的に分析すればするほど、虚空に静止する矢の如く、我々は足を踏み出せなくなるのではないか。性欲なり見栄なり流行なり妄想なり阿呆なり、何と言われても受け容れる。いずれも当たっていよう。だがしかし、あらゆるものを呑み込んで、たとえ行く手に待つのが失恋という奈落であっても、闇雲に跳躍すべき瞬間があるのではないか。今ここで跳ばなければ、未来永劫、薄暗い青春の片隅をくるくる廻り続けるだけではないのか。諸君はそれで本望か。このまま彼女に思いを打ち明けることもなく、ひとりぼっちで明日死んでも悔いはないと言える者がいるか。もしいるならば一歩前へ!」


 風邪をひかない乙女
 「カーテンをそっと開いた私は息を飲みました。窓からは、眼下に広がる神楽岡の町並みと、その向こうに聳える大文字山が見えます。大きなお椀のようになった町の底へ、ひときわ激しくなった雪が満遍なく降り注いでいるのです。私の気のせいかもしれませんが、町は降りしきる雪の中で動きを止めて、ひっそりと静まりかえっているように思われました。皆さん風邪を引いて布団にくるまり、窓を撫でる初雪の音に耳を澄ませているのだ、と私は思いました。
 くもった冷たい硝子に額をつけて、私は雪降る町を見つめます。それにしても、いったい何が起こっているのでしょうか。
 風邪の神様、風邪の神様、なにゆえこんなに御活躍?」


 幻の風邪薬について語る樋口さん
 「ジュンパイロとは、かつて結核の治療にも用いられた幻の妙薬。漢方の高貴薬を多種混ぜ合わせ、水飴の如くしたもので、巻き取ってひと舐めするごとに熱は下がり、総身に力が漲るというものだ。とろけるような甘みと、口から鼻へ駆け抜ける高貴極まる強い芳香は、ひと舐めすれば虜になるという。あまりにも美味しいので、世人は風邪でもないのに舐めまくり、のべつまくなし鼻血を出した。私が手元に揃えたいと熱望していた究極の品として、超高性能亀の子束子と双璧をなす!」


 風邪で寝込む羽貫さん
 「玉子酒はね、玉子と砂糖抜きでね」


 風邪で寝込む学園祭事務局長
 「彼には彼の目論見があるんだ。君には分からないかなあ」


 風邪で寝込む須田紀子さん
 「事務局長さんのお見舞いに行った時、うつったのかしら」


 風邪をひいた元パンツ総番長
 「パンツを穿き換えなかった頃は風邪なんか引かなかったけれども・・・そのかわり下半身の病気になった。どっちもどっちだな」


 風邪をひいた峨眉書房主人
 「俺は南瓜は喰わないよ。子どもの時分に食い飽きた」


 風邪をひいた京料理千歳屋主人
 「そんなこと言わないで。じきに冬至ですからね、南瓜を喰わねばならんですよ」


 風邪をひいた東堂錦鯉センター社長・東堂
 「懐かしいねえ。今思えば、あんなに楽しい夜はなかったなあ」


 古本屋の少年
 「お姉ちゃんは、きっと風邪を引かないと僕は思うよ。それは神様の計らいさ」


 李白さん
 「風邪を引いた夜は長い・・・しかしな、たとえどんなに長い夜でも、きっと夜明けは来るであろう。夜は短し、歩けよ乙女!」