登美彦氏、人間失効から立ち直る


 先日、森見登美彦氏は「うっかり失効」していた人間としての尊厳を、遠い免許試験場まで出かけて回復することに成功した。
 窓口にて「うっかり失効したのですが・・・」と己の状況を説明していると、まるで「ワタクシはうっかり屋さんであります、ああ、そうでありますとも。さあ、縛るなり舐めるなり踏むなり、なんとでもしてくだされ」と窓口の女性に言っているかのような得も言われぬ感じがした。しかも窓口で渡したはずの証明写真を係員が「もらってません」と断固主張し、登美彦氏が新しい証明写真を用意しているところ、「これ兄ちゃんの写真ちゃう?」と別の係員が床に落ちていた(落とされていた)写真を拾ってくるというささやかな行き違いや、窓口の行列に並んで自分の番が来たと思ったら「別の窓口へ行ってください」と言われて「うっかりぶり」をだめ押ししたり、なんだかよく分からない協会へ寄付させられたりなど、各種シチュエーションに小突かれ通した登美彦氏は、大切で脆い誇りをこなごなに粉砕され、たださえ嫌いな免許試験場をいっそう憎むようになった。「かくのごとき屈辱を味わわねば回復できないのか!」と登美彦氏はほとほと嫌になり、「もう二度とうっかり失効はすまい」と決意した。
 「もしふたたびうっかり失効するようなことがあれば、その時は、もう免許証を燃やしてやるぞ。上等だ!人間失効でけっこうだ!」
 登美彦氏はひとりで勝手に興奮し、わけのわからない気炎を上げている。