登美彦氏、傘をなくす


 森見登美彦氏は傘をまともに使いこなせたことがない。
 意気揚々と新しい傘を買ったとしても、数回使っただけで彼らは登美彦氏を置いて去る。客観的に見れば「置いて去る」のは登美彦氏であるが、氏の内面においてはむしろ逆だ。
 傘を失うたび、登美彦氏の硝子のハートは粉々になり、もう傘なんてしない、もう恋なんてしない、と誓うのである。
 しかし三月の雨は氏を淋しく濡らすので、もう傘なんてしないなんて言わないよゼッタイと登美彦氏は前言を巧みに撤回する。
 三月の雨に濡れてはいけない。ダメ、ゼッタイ。
 なぜなら風邪を引くからだ。
 やむを得ず、登美彦氏はまた新しい傘を買った。氏と新しい傘の蜜月に、いつ終止符が打たれるか、予断を許さない。
 「それにしても、傘というものは、置き忘れられて然るべき仕組みをしている。なぜあの仕組みを改善できないのか」