登美彦氏、深夜の本屋にて慄然とする


 先日のことである。
 森見登美彦氏は若いおなごにきゃあきゃあ言われることウケアイと言うべき憂いをたたえた表情で、のそのそ本屋を歩き回っていた。
 深夜であった。
 客は登美彦氏のほかは誰もいなかった。
 店内には何か歌が流れていたが、ふと登美彦氏はその歌詞に聞き耳を立てた。
 最初に氏の耳に入ってきたのは「コーンコーンコーン」と囁くような声であったので、氏は大して気にもとめていなかったが、その次に来るのがどうも「釘をさす」らしい。登美彦氏が聞き耳を立てたのも無理はない。
 じっと聞いているうちに、「ワラ人形」という言葉が耳に入り、そのとたん、登美彦氏は冷水を浴びたようにぞっとして、恐怖にかたまった。そのままこらえて聞いているうちに、歌い声はだんだん狂気を帯びてくる。ごっつ怖いことは言うまでもない。「きゃああああ」と絹を裂くような悲鳴を上げながら駆け出すのを雄々しく踏みとどまることができたのは、氏が人一倍度胸のある男だったからである。
 その後も、あの「コーンコーンコーン」と「くーぎをーさす」、そしてその声がだんだん狂気を帯びていくあんばいが忘れられず、登美彦氏の安眠を妨げた。


 それは山崎ハコ氏の「呪い」という歌らしいことを登美彦氏は最近になって知った。
 氏は、あまりにも恐ろしいのでそれをもう一度聞きたいと思っているという。