マンガ版『太陽の塔』完結する。

 2019年もそろそろ終わろうとしている。

 登美彦氏は次回作の初稿をせめて年内に仕上げようと苦闘していたが、先週末あたりから「どうやらこれは来年に持ち越しになりそうだ」という顔つきを誰にともなく見せはじめ、今では机に向かって奈良の大仏みたいに半眼となり、ただただ穏やかな諦めの境地に達している。なんぴとといえども(編集者といえども)登美彦氏の心の平穏を乱すことはできないのである。関係各位ごめんなさい。 

 そんな登美彦氏の次回作はともかくとして、雑誌「モーニング・ツー」で連載が続いていたコミック版「太陽の塔」がこのたび遂に完結した。先日のクリスマス・イブ、登美彦氏はその刊行を記念して、著者のかしのこおりさんと担当編集者とともに、京都市内の書店をまわってサイン本を作った。最終巻の内容に合わせたクリスマス直前の刊行は、かしのこおりさんと担当編集者の執念のたまものである。にもかかわらず、当日誌でクリスマス前に告知できなかったことをお詫びしたい。

 原作小説『太陽の塔』は傑作である。

 マンガ版『太陽の塔』も傑作である。

 最終巻には登美彦氏が十六年の歳月を経て「激筆」した後書きも収録されている。 クリスマスは過ぎたとはいえ、まだまだ冬はこれからである。年末年始のお休みにでも、ぬくぬくとコタツにあたりながら読んでいただければ幸いである。我々としては新鋭かしのこおりさんの次回作に期待したいが、まず登美彦氏は己の次回作の心配をすべきであろう。

太陽の塔(1) (モーニング KC)

太陽の塔(1) (モーニング KC)

 
太陽の塔(2) (モーニング KC)

太陽の塔(2) (モーニング KC)

 
太陽の塔(3) (モーニング KC)

太陽の塔(3) (モーニング KC)

 
太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

  • 作者:森見 登美彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/06/01
  • メディア: 文庫
 

 

『ぐるぐる問答 森見登美彦氏対談集』(小学館)

  先月の『夜行』に引き続き、対談集『ぐるぐる問答』も発売となった。

 もっと早くお知らせしなければならなかったのだが、秋の野の淋しさに気をとられているうちに、いつの間にか時間が経ってしまった。

 単行本版の対談に加えて、あらたに伊坂幸太郎氏・辻村深月氏との対談、そしてカメントツ氏によるインタビューマンガも収録されている。カメントツ氏といえば、『こぐまのケーキ屋さん』を森見家では夫婦そろって読んでいるのである。

 そして『夜行』もまだまだよろしくお願いいたします。

夜行 (小学館文庫)

夜行 (小学館文庫)

 

『夜行』(小学館文庫)

夜行 (小学館文庫 も)

夜行 (小学館文庫 も)

 

 いつの間にか秋になっている。

 そしてまたいつの間にか、森見登美彦氏の『夜行』も小型化されるときがきた。大きなものと小さなものをそろえるのは紳士淑女のたしなみである。尾道奥飛騨・青森・天竜峡・鞍馬いずれかの写真をプリントしたポストカード(登美彦氏の短いエッセイ「夜の車窓」つき)も挟みこまれている。

 言うまでもなく秋は旅の季節であり、登美彦氏も二つの旅を予定している。この小さな本を旅先の宿で読めばキモチワルイ臨場感が増すことウケアイ。そのためにこそ、この小さな本はある。

 文庫版『夜行』といっしょに、込由野しほ氏の手になるコミック版の『夜行』も刊行される。こちらもよろしくお願いします。 

夜行 (上) (フラワーコミックス)

夜行 (上) (フラワーコミックス)

 
夜行 (下) (フラワーコミックス)

夜行 (下) (フラワーコミックス)

 

  さらにこのたび、創元推理文庫から刊行中の『平成怪奇小説傑作集』の第二巻に、登美彦氏の短篇「水神」が収録された。今年の夏、登美彦氏は「夏こそ怪奇小説を読むべきである」と書いたが、さらに「秋こそ怪奇小説を読むべきである」とつけくわえるべきだろう。ところで、その昔イギリスではクリスマスに怪談話を楽しんだらしい。冬も怪奇小説によく似合う。というわけで、一年の大半は怪奇小説の季節なのである。

平成怪奇小説傑作集2 (創元推理文庫)

平成怪奇小説傑作集2 (創元推理文庫)

 

西尾哲夫『ガラン版 千一夜物語(1)』(岩波書店)

ガラン版 千一夜物語(1)

ガラン版 千一夜物語(1)

 

 小説『熱帯』を書くとき、森見登美彦氏は「千一夜物語」というものを下敷きにした。一般的には「アラビアンナイト」と言ったほうが伝わりやすいだろう。たとえば「アラジンと魔法のランプ」や「シンドバッドの冒険」など、昔から映画などでもお馴染みのイメージである。

 なにゆえ登美彦氏は「千一夜物語」を取り上げたのか。

 それはこの物語集がとてつもなく膨大で、ヘンテコな入れ子構造を持ち、しかも「西洋と東洋」を股にかける複雑怪奇な成立過程を持っているからである。「千一夜物語」について調べると、「物語」が大勢の人間たちを幻惑していく魔力に驚かされる。だからこそ「千一夜物語」を自分なりに料理してみたくて、登美彦氏は『熱帯』を書いた。

 『熱帯』執筆が終盤にさしかかった頃、どうしても「千一夜物語」について専門に研究している人の話を聞きたくなった。

 研究者の西尾哲夫先生が国立民族学博物館にいらっしゃることを知ったとき、「これは運命にちがいない!」と登美彦氏は思った。なぜなら民博のある万博公園は登美彦氏の幼少時代の遊び場であり、想像力の源泉であったからだ。『太陽の塔』は登美彦氏のデビュー作のタイトルである。国立民族学博物館へ西尾先生を訪ねていって、澄んだ秋空にそびえる太陽の塔を眺めたとき、人生の伏線を回収したような感慨を覚えたものである。そして西尾先生に「千一夜物語」の写本を見せてもらったり、貴重なお話を聞いたおかげで、『熱帯』を書き上げることができた。

 『熱帯』には「千一夜物語」に取り憑かれた人々が登場する。そもそも「千一夜物語」を作り上げてきたのは「千一夜物語」という夢に取り憑かれた人々だった。『ガラン版千一夜物語』を手がけたアントワーヌ・ガランは、ヨーロッパで初めて「千一夜物語」に取り憑かれた人間といえるだろう。もちろん「千一夜物語」は中東で生まれたのだが、ガランの手で翻訳紹介されたことによって、世界の「千一夜物語」へと変身を遂げたのである。ある意味ではガラン版が始まりなのだ。

 このガラン版(全六巻)を翻訳中の西尾先生もまた、「千一夜物語」に取り憑かれた人である。「千一夜物語」に取り憑かれた人々の手を借りて「千一夜物語」は変身を重ねていく。

熱帯

熱帯

 

 

森見登美彦氏、怖い小説を手に入れる

平成怪奇小説傑作集1 (創元推理文庫)

平成怪奇小説傑作集1 (創元推理文庫)

 
インスマスの影 :クトゥルー神話傑作選 (新潮文庫)

インスマスの影 :クトゥルー神話傑作選 (新潮文庫)

 

 夏である。サマータイムである。

 きびしい暑さに読書意欲も減退しがちな今日このごろ、うわさの『三体』をひいこら読み終えた登美彦氏のもとへ、上記の二冊が届いたのである。

 夏こそ怪奇小説を読むべきである。

 『インスマスの影』は日本ファンタジーノベル大賞の先輩、南條竹則氏による翻訳である。タイトルにもなっている中篇「インスマスの影」を、登美彦氏は高校時代に読んだのだが、そのなんともいえないイヤな感じにびっくりして、同級生に勧めてイヤがられたのである。

 ところで南條竹則氏の翻訳といえば、チェスタトンの『木曜日だった男』がある。なんとも不思議な冒険譚で、一度読んだら忘れられない。登美彦氏は昔から好きだった。怪奇小説が苦手な人にはこちらがオススメである。

木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫)
 

かしのこおり『太陽の塔(2)』(モーニングKC)

太陽の塔(2) (モーニング KC)

太陽の塔(2) (モーニング KC)

 

  昨日、かしのこおりさんの新作刊行を盛り上げるべく、担当編集者氏に教わりながらtwitterに本作の一部を公開した。マンガ版『太陽の塔』は、登美彦氏のデビュー作『太陽の塔』の妄想と哀愁を、たいへん繊細にマンガへうつしかえた傑作である。読むべきである。第二巻ではいよいよクリスマスが迫り、主人公たちによる「四条河原町ええじゃないか騒動」も迫る。第二巻は七月二十三日に発売である。どうぞよろしくお願いします。

 そして第一巻、ついでに原作もよろしく。

太陽の塔(1) (モーニング KC)

太陽の塔(1) (モーニング KC)

 
太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

 

 時の流れるのは早いもので、登美彦氏が『熱帯』後遺症のリハビリに励んでいるうちに、今年も祇園祭の季節がめぐってきた。 登美彦氏は人混みが怖いので、いつもこの季節になると「行くべきか」「行かざるべきか」と思い悩み、その挙げ句に行ったり行かなかったりするのである。

 せっかくなので祇園祭宵山を舞台にした小説も紹介しておく。

 宵山を見物してから読んでも、読んでから宵山を見物してもよろしい。もちろん「読まない」という選択肢はつねに存在する。筆者としては、読んでもらえると出版社と作者のフトコロがいくらかあったまる!という厳然たる事実を指摘するのみである。こちらもよろしくお願いします。

宵山万華鏡 (集英社文庫)

宵山万華鏡 (集英社文庫)

 
聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫)

聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫)

 

森見登美彦氏、二条へ。

 劇団ヨーロッパ企画上田誠氏が次のような文章を書いている。

suumo.jp

 本日、三条大橋をぷらぷら歩いているとき、この記事のことが頭に浮かんだので、森見登美彦氏は「久しぶりに西へ足をのばそう」と思い立った。TOHOシネマズ二条で映画「海獣の子供」を観ようと考えたのである。

 地下鉄東西線の駅から地上へ出たあと、上映開始までは間があったので、ショッピングモールBiVi二条をうろうろした。

 「バッタリ上田誠さんに出くわしたりして♪」

 などと考えていたら、通りかかったカフェの片隅に、イヤに上田誠さん風の人物がおり、「何者だ?」と不審に思って近づいたところ、本物の上田誠氏であった。上田氏は奥様とならんで大きなテーブルに向かい、ヨーロッパ企画第39回公演「ギョエー!旧校舎の77不思議」の構想に頭を悩ませていたのである。

 「奇遇ですね」と言いたくなったが、考えてみればことさら奇遇というほど奇遇ではない。

 とりあえず映画が始まるまで自分が暇であるのをいいことに、登美彦氏はサンドイッチを食べながら世間話を無理強いして、上田氏の仕事を妨害したのであった。

 「街中でたまたま友人に出会うのは嬉しい」

 そして、

 「上田誠氏は記事のとおり二条にいる」

 というだけの報告である。

西東三鬼『神戸・続神戸』(新潮文庫)

神戸・続神戸 (新潮文庫)

神戸・続神戸 (新潮文庫)

 

 西東三鬼『神戸・続神戸』が新潮文庫になるという。

 というわけで、森見登美彦氏は解説を書いた。いささかマジメに書きすぎた。しかしマジメにならざるを得ない名作なのである。これはステキに薄っぺらい文庫本で(登美彦氏は薄っぺらい文庫本を愛する!)、お値段もステキにお手頃となっているから、ぜひとも手にとっていただければと思う。

 まるで人の良い天狗が書いたような本である。

 以下の引用は、謎のエジプト人マジット・エルバ氏と西東三鬼が、戦時下の神戸にあるホテルの一室でレコードを聴く場面から。 

 マジットも私も貧乏だったので、夜は大抵どちらかの部屋で、黙って煙草を吹かすのが常であった。私の部屋には十数枚のレコードがあった。それは皆、近東やアフリカを主題とした音楽で、青年時代からの、私の夢の泉であった。私達は、彼が何処からか探しだしてくるビールを、実に大切に飲みながら、一夜の歓をつくすのであったが、彼はレコードの一枚毎に『行き過ぎの鑑賞』をして、砂漠のオアシスや、駱駝の隊商や、ペルシャ市場の物売婆を呼び出し、感極まってでたらめ踊りを踊り、私はそれに狂喜の拍手を送るのであった。そういう我等を見守るのは、どのような神であったか。所詮は邪教の神であって、一流の神様ではなかったであろう。

京都文学賞、募集開始!

 京都文学賞というものが始まる。

 京都を題材にした小説を募集していて、選考は読者選考委員と、最終選考委員の各氏(いしいしんじさん、原田マハさん、校條剛さん)によっておこなわれる。

 締切は今年の九月末、まだ「ひと夏」ある。

 詳しくは下記リンク先をご参照ください。

www.koubo.co.jp

 森見登美彦氏はたびたび京都市中心の狭い範囲を舞台にして小説を書いてきた(正確には「たびたび」というよりも「ほとんど毎回」である)。

 登美彦氏は京都人ではないし京都に詳しいわけでもない。

 それでも京都を舞台にして書いてきたのは、自分の妄想の産物としての小説を盛りつける器として、京都という街がおそろしく強靱だったからである。四条河原町で「ええじゃないか騒動」を起こしても、先斗町に電車を走らせても、南座の大屋根で天狗を飛び跳ねさせても、京都という街は痛くも痒くもない様子だった。

 十五年前『太陽の塔』という小説を書いたのは、当時たまたま登美彦氏が京都で暮らす学生だったからだが、もしもあのとき「自分の妄想を京都という器に盛りつける」という方法を発見しなかったら、登美彦氏は小説家になっていなかったであろう。

『熱帯』、高校生直木賞をもらう

熱帯

熱帯

 

koukouseinaoki.com

 高校生直木賞、というものがある。

 詳しいことは上に掲げたリンク先を読んでいただきたいが、全国の高校生たちが集まって激論を交わし、直木賞の候補作から一作を選ぶ。今年で六回目ということで、歴代の受賞作は次のとおりである。

 第一回 『巨鯨の海』(伊東潤

 第二回 『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝)

 第三回 『ナイルパーチの女子会』(柚木麻子)

 第四回 『また、桜の国で』(須賀しのぶ

 第五回 『くちなし』(彩瀬まる)

 先日、第六回目の作品として『熱帯』が選ばれた。

 いくらなんでも怪作すぎるから『熱帯』ではダメだろう、と登美彦氏は奈良でボーッとしていたが、「決まりましたヨ」と連絡があってビックリした。高校生たちの冒険心を甘くみていたのである。登美彦氏は彼等に謝らなければならない。それにしても、よくぞこんなヤッカイな作品を選んでくれたものだと思いながら、その熱い議論を書き起こしたものを読んでいると、登美彦氏の胸にもまた熱いものがこみあげてきた。ありがたや……

 いつの間にやら平成が終わって令和になった。登美彦氏が平成最後にもらった賞は高校生直木賞ということになる。若々しい高校生たちに選ばれるというのは予想していたよりずっと嬉しく、じつに心強いものだった。なんだか自分がとても将来性のある人間になったような気がするではないか。

 「わるくないな!」

 登美彦氏は満足した。

 ともあれ、なにかと書き悩んで屈託しがちの登美彦氏にとって、思いがけなくも希望に満ちた平成の締めくくりとなった。参加校の皆様、運営関係者のみなさまに御礼申し上げます。

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